そして、武田家出陣の報に触れた景虎は犀川北岸の横山

時事
作者:jennifer92
2018-09-14
そして、武田家出陣の報に触れた景虎は犀川北岸の横山城に本陣を移す。これにより、戦国時代最強の大名家として並び称される長尾(後の上杉)、武田の両軍は、川中島を流れる犀川を挟んで対峙したのであるGoogle advertising総勢、長尾家8000 対 武田家12000。この、歴史上名高い戦いに挑もうとする長尾家の陣には、数ヶ月前に景虎との喧嘩で助太刀を約束した甲斐隼人の姿もあった。(まぁ、言った手前、ちゃんと来んとな。)普段はいい加減だが、約束は守る。そんな隼人のこの日の出で立ちは、藤吉郎が夜なべして作った黄色で派手な野球部の旗印を背負い、右手には極太な隼人君の槍を持っている。そして、その身に着けられているのは、先日死体から剥ぎ取った、立派な当世具足。その当世具足は、隼人決死の努力で汗臭さもいくらかマシになり、茜染めの組糸を新調し、黒漆塗(くろうるしぬり)の小札を威(おど)した立派な真紅の赤糸威(あかいとおどし)である。鮮やかな、赤、黄、黒に身を包んだ隼人は、遠くからも良く目立つが、馬に乗っていないため、偉いのか偉くないのか、味方にすら立場をしっかりと認識されていない。それは、隼人本人にとっても同じ事で、助太刀に来たは良いが、忙しそうな景虎から、なかなか具体的な依頼が貰えず、本人も自分がどう動けば良いか、よく分かっていない。しかし、今、堂々と仁王立ちして川を眺める隼人に迷いは微塵も見られない。

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